禍福は糾える縄の如し

出典: フリー多機能辞典『ウィクショナリー日本語版(Wiktionary)』

目次

[編集] 日本語

[編集] 成句

禍福えるあざなえるし(カフクはアザナえるナワのゴトし)

  1. 良いことと悪いことは縒り合わせた縄のように表裏一体である。そのようであるので、一時の幸・不幸に深く一喜一憂しても仕方がないことであるということ。
    左衞門、今は嘆きても及ばぬ事、予に於いて聊か憾みなし。禍福はあざなえる繩の如く、世は塞翁が馬、平家の武士も數多きに、時頼こそは中々に嫉しき程の仕合者(しあはせもの)ぞ(高山樗牛瀧口入道』)

[編集] 出典

「漢書 賈誼伝」の以下の文といわれる。

(白文)夫禍之與福、何異糾纆
(訓読)それ禍(わざわい)と福、何ぞ糾える纆(なわ、すみなわ)に異ならん。

さらに「史記 南越伝」に以下の文がある。

(白文)因禍為福、成敗之転、譬若糾纆
(訓読)禍によりて福となす、成敗の転ずること、譬れば糾える纆のごとし。

[編集] 関連