鼎の軽重を問う
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日本語
[編集]成句
[編集]- 上位の者の権威を疑って、地位を奪おうとすること。
- 他人の実力や権威などを疑う事。特に地位の高い人に用いられる。
由来
[編集]『春秋左氏伝』宣公三年より
中国周の朝廷に、楚の荘王(春秋五覇の一人で王は僭称。楚は子爵位の国)が九鼎の重さを問うた。九鼎は夏王朝・殷王朝から周王朝に渡った王位の象徴であり、その重さを問うというのは、暗に九鼎を持ち帰る事を示唆し、つまり楚が周王朝に取って代わる事を示していた。それを周王の使者である王孫滿に諌められた故事より。
【白文】
- 定王使王孫滿勞楚子。楚子問鼎之大小輕重焉。對曰、在德不在鼎。(中略)今周德雖衰、天命未改。鼎之輕重、未可問也。
【訓読文】
- 定王、王孫滿をして楚子を勞わしむ。楚子鼎之大小輕重を問ふ。對へて曰く、「德にありて、鼎にあらず。(中略)今周德衰へたりといへども、天命未だ改まず。鼎之輕重、未だ問ぶべからず」と。
【現代語訳】
- 定王、王孫滿を荘王(楚子)への(西方の異民族討伐の)ねぎらいの使者とした。荘王が周王室の鼎の寸法を尋ねた。王孫滿がそれに答えて、「周の王室が保たれているのは、その徳行の故であり、鼎があるからではありません。(夏、殷がその徳行により興亡したことを語り)今、周の王室は、昔よりその威光が衰えてはいますが、天命によって、まだ代わったわけではありません。鼎の軽重を問うのは不遜というものです」と。