高材疾足

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日本語[編集]

成句[編集]

高材 疾足(こうざいしっそく)

  1. 智勇兼ね備えていること。また、その人。「高材」は「優れ才智」、「疾足」は「速いこと」の意。

発音[編集]

こ↗ーざいしっそく

出典[編集]

史記巻92・淮陰侯列伝第32

【白文】
高祖已從豨軍來、至見信死、且喜且憐之、問、「信死亦何言」。呂后曰、「信言恨不用蒯通計」。高祖曰、「是齊辯士也」。乃詔齊、捕蒯通。
蒯通至。上曰、「若、教淮陰侯反乎」。對曰、「然、臣固教之。豎子不用臣之策、故令自夷於此。如彼豎子用臣之計、陛下安得而夷之乎」。上怒曰、「亨之」。通曰、「嗟乎、冤哉、亨也」。上曰、「若教韓信反、何冤」。
對曰、「秦之綱絕而維弛、山東大擾、異姓竝起、英俊烏集。秦失其鹿、天下共逐之。於是高材疾足者先得焉。蹠之狗吠堯、堯非不仁。狗固吠非其主。當是時、臣唯獨知韓信、非知陛下也。且天下銳精持鋒欲爲陛下所爲者甚眾、顧力不能耳。又可盡亨之邪」。
高帝曰、「置之」。乃釋通之罪。
【訓読文】
高祖、すでに豨(き)より来る至りの死するを見て、且つ喜び且つこれ憐み、「信の死するもまた何をか言ふ」と問ふ。呂后いはく、「信、『蒯通(くゎいとう)の計を用ひざるを恨む』と言ふ」と。高祖曰く、「れ斉の弁士なり」と。すなはち斉にみことのりし、蒯通を捕ふ
蒯通至る。しゃう曰く、「なんぢ、淮陰侯に反くことををしへたるか」と。こたへて曰く、「しかり、臣まことに之に教ふ。豎子じゅし、臣の策を用ひず、故に自らここたひらげられしむ。の豎子、臣の計を用ひば、陛下いづくんぞ之を夷らぐるを得むや」と。上、怒りて曰く、「之をよ」と。通曰く、「嗟乎ああゑんなるかな、亨らるるや」と。上曰く、「、韓信に反くことを教ふるに、何ぞ冤なる」と。
対へて曰く、「秦の綱絶えて維ゆるむや、山東大ひにみだれ、異姓並び起ち英俊烏集す。秦其の鹿失ふや、天下共に之をふ。ここに於て高材疾足の者、これを得たり。蹠(せき)いぬ(げう)吠ゆるは、尭の不仁なるにあらず。狗はもとより其のに非ざるものに吠ゆ。是の時に当り、臣、唯だ独り韓信を知るのみにして、陛下を知るに非ざるなり。且つ、天下に精を鋭くし鋒を持し、陛下の為すを為さむと欲する者甚だおほきも、おもふにあたはざるのみ。ことごとを亨るべしけむや」と。
高帝曰く、「之を置け」と。乃ち通のゆるす。
【現代語訳】
高祖劉邦)は(謀叛を起こした寵臣の)陳豨(ちんき)討伐するから帰還した。(都に)到着して、(同じく叛意を持っていた元勲の)韓信が殺されたことを知ると、喜びつつも彼を憐み、「韓信は死に際に何か言い残していたか」と問うた。(捕らえた韓信を斬首させ、その現場に立ち会った、高祖の妻の)呂后は言った、「韓信は、『蒯通(かいとう)の計略を採用しなかったのが悔やまれてならない』と申しておりました」。高祖は言った、「その者は斉の弁論家だ」。そこで斉に詔勅を発して、蒯通を捕らえさせた。
蒯通が到着した。お上(劉邦)は言った、「お前は、淮陰侯(韓信)に謀叛をそそのかしたな」。(蒯通は)答えて言った、「その通りです。私は確かに彼に(謀叛を)そそのかしました。あの若造は私の策を採用しなかったがために、みすみす自滅してしまったのです。もしあの若造が私の計略を採用していたなら、陛下(劉邦)は彼を滅ぼせたでしょうか」。お上は怒って言った、「この者を煮殺せ」。蒯通は言った、「ああ、冤罪です。煮殺されるとは」。お上は言った、「お前は韓信に謀叛をそそのかしたではないか。何が冤罪だ」。
(蒯通は)答えて言った、「の綱紀が絶ち切れて規律が弛むと、山東地方は大いに乱れ、(秦の王室と)姓を異にする者たちが一斉に立ち上がり、群雄がからすのように群がりました。秦がその鹿(帝位)を失うと、天下の人々は共にこれを追い求めました。この時、才能があり行動の素早い者が、これを真っ先に獲得したのです。(大泥棒の)(せき)飼い犬が(聖なる天子の)(ぎょう)吠えるのは、尭に仁徳がなかったからではありません。犬はもともと飼い主以外の者に吠えるものなのです。当時、私は韓信を知っていただけで、陛下を存じ上げてはおりませんでした。それに、天下には武力を磨き武器を持ち、陛下の行っているようなこと(天下を統一し、皇帝として統治すること)を自分が行おうとする者が非常に多くおりましたが、(彼らが天下を取れなかったのは)思うにただ力が足りなかっただけのことです。(私を煮殺したとして)さらに彼らを一人残らず煮殺すことができましょうか」。
高帝(劉邦)は言った、「この者を助けてやれ」。そして蒯通の罪を許したのである。

中国語[編集]

成句[編集]

gāocáijízú

  1. (日本語に同じ)